芝浦運河12ヶ月

2002年

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運河探鳥(現時点での運河にいる鳥の名前です。

芝浦運河周辺地図

2002年4月の巻

 私は、今年の正月から、毎週土曜日は毎週、芝浦の自宅から、天王洲のフィットネスジムに、欠かさず通うことを決意した。
 たまたま、このコースは、都心でありながら、芝浦運河、高浜運河に沿ってたくさんの野鳥や自然が観察できる俳人には、願ってもないコースであった。そのため、週1回のフィットネス通いは、肉体的なトレーニングだけでなく、精神的なリラックスに、大いに役立った。
 決して私は鳥の専門家でもなんでもないが、この運河沿いを歩くようになってから、いろいろな野鳥の名前を覚えるようになった。珍しい鳥を見たら、家に帰って図鑑で調べるのである。時には、図鑑にはのっていないような野鳥の特徴を発見することもある。
 今回、4月から、毎月、四季折々の運河の姿を、簡単にご報告しようと思う。
 芝浦運河の水鳥の1つのクライマックスは、冬であり、鴨類の群れがだんだん減っていって、物寂しくなるのが、4月という季節である。主な鳥として、キンクロハジロ、ホシハジロである。この両者は、冬の間は、何十羽の群れで、運河に浮寝しており、多いところでは、それが何群れもいるのだから、視界全体に1000羽を越すと思われるくらいの数のカモがいることになる。それが、ごっそり帰ってしまうのだから、4月は、まさに、鳥帰るのシーズンである。もちろん、3月から帰っているのだが、毎日同じ運河を見るものとしては、「鳥がいなくなってしまった」時に、余計「鳥帰る」を感じるのである。
 逆に4月に残っている鴨類は、カルガモ、コガモ、オカヨシガモ、マガモ、アヒルである。このうち、カルガモ、アヒルは、渡りをしない鴨である。すなわち、1年中運河をにぎわせる連中である。これ以外の鴨は、いまいちよくわからないが、マガモは、本来渡りをする鳥だと思う。ただ、私の家の前の夕凪橋に住み着いていた鴨は、老齢だったこともあり、1年中飛びさえしなかった。そのマガモは、アヒルと夫婦であり、家の前の人気者だったが、1年前くらいに猫に襲われ、死んでしまった。晩年は、目がほとんど見えず、ほとんど天敵からの防衛能力がなかったようだ。その夕凪橋のマガモ(♂)以外のマガモは、通し鴨もいれば、ちゃんと渡りをするものもいるのだと思う。
 コガモとオカヨシガモは、いつも浜路橋のちかくに数匹の群れをなしている。他の鴨類がどんどん帰ってしまっても、彼らは、かえるそぶりを見せない。
 鴨類以外では、カワウ、コサギ、ユリカモメ、ハクセキレイが、いつも運河べりにいる。カワウは、ウミウと似ているが、羽の色がやや茶色っぽく、嘴の形で、ウミウと見分けられる。運河近辺にいるのは、すべてカワウだと思っていたら、このまえ一回り大きいウが休んでいるのを発見した。私は、いまだにウミウではないかと思っている。カワウは、縄張りがあるわけでもないらしく、1匹で見かけることが多いが、たまに、4匹横に並んで日向ぼっこをしている。ウミウの日向ぼっこは、羽を大きく広げて、本当に気持ちよさそうだ。また、陸上にあがって日向ぼっこをするだけでなく、水に浮いているときも、そのままの姿勢で、羽を大きく広げ、日向ぼっこをしていることがある。また、カワウは、観察していると、しきりに運河に潜っては、魚を捕食する。魚の群れが足元にいるときは、顔を突っ込むだけで、次々と魚をとる。数えていると、1分間に20匹近くの魚を、次々と咥えて飲み込んでいる。
 ある日、私は、食パンを持って、ユリカモメに給餌してみた。あっというまに、数十匹のユリカモメが集まり、空中で私の投げる餌を受け止めようと、必死で、こちらにむかって叫んでいる。その姿が可愛い。4月の中旬にもユリカモメは、夏羽に変わる。ユリカモメの夏羽は、顔が、仮面をしたように真っ黒に変色することが特徴的で、あとは、尻尾の先などが、少し色が変わるようだ。顔が黒くなったユリカモメは、間抜けそのもの。4月中旬は、黒い顔のカモメと白い顔のカモメが半分ずつくらい、毎週、黒い顔のカモメの比率があがっていくが、変に毛が抜け変わる途中のユリカモメは、灰色の顔をしていたりすることもある。
 ユリカモメに餌をやっていると、ハトも寄ってくる。ハトは、飛べるくせに、空中で、誰よりも先にパンを食べようと思いついたりしない。地面に落ちてきて始めて、群がるように争って、パンを食べる。きっと、飛んでも、ユリカモメほど俊敏に動けないので、空中でパンをキャッチする自信がないのであろう。私は、ハトにも、適当に餌がいくように、適当に投げ分けてくれてやった。スズメとハクセキレイは、いつも、うらめしそうに遠くで見ているだけで、近くにはめったによってこない。でも、わざわざどこからともなく現れ、たいてい、少し離れたところからこちらを、伺っている。警戒心が、かなり強いのだろう。こちらの餌がなくなると、ユリカモメは、みんな欄干に、つまらなさそうに並んで止まっている。ハトは、まだ何か出てくるかもしれないと、近くをうろちょろしている。

2002年5月の巻

 毎年、5月のゴールデンウィークは、芝浦運河が、新しい生命の誕生に盛り上がる月だ。そう、あちこちで、カルガモのあかちゃんが生まれるのだ。今年も、そろそろかと思って運河を除いていたら、4月28日の土曜日のフィットネスの帰りに見つけてしまった。雛を10匹連れた親鳥だった。カルガモのあかちゃんは、去年の私の経験からだと、1匹の場合から10匹くらいまでの場合があるが、1匹とか、2匹しか雛がいないケースは、他の兄弟が外敵にやられて数が減った結果かもしれない。
 ともあれ、シーズンで初めて目撃したときは、生まれたばかりのため、非常に小さく、数も多いことが多い。夏が終わるころには、親鳥とあまりかわらない姿になり、多少は個体数も減ってしまうのだろう。
 私は運河沿いの歩道を、カルガモの雛どころか、親鳥にも気がつかずに、すぐ近くを歩いていた。突然、親鳥が警戒音を発し、私から垂直に逃げる方向に泳ぎだした。そうその後に、きわめてちっちゃい雛が、10匹、プチプチ泳いでついていったのである。
 通常、運河でばったりカルガモに近づきすぎてしまったとき、カルガモは、必ず飛んで逃げるのだが、雛鳥を連れた母親はえらい。決して飛ぶどころか、雛がついて来れないほどのスピードは、決して出さない。危険から逃げる時には、母鳥の後を数珠繋ぎのように、並んで泳ぐ雛たちも、好奇心旺盛のため、少し先にいくと、すぐばらばらに好き勝手な方向で遊びだす。ただ、母鳥が見えなくなる距離には、絶対いかない。小さい排水パイプから出てくる水と格闘してみたり、漂流物をつついてみたりと、いろいろな遊びをする。排水パイプと遊んでいると、小さいあまり、そのなかに入ってしまうのではないかと、こちらが心配になるほどだ。
 近くにお父さん鳥と思われるカルガモがいるが、お父さんは、育児担当ではないのか、雛の相手は、一切しない。本当に、お父さんなのかどうかも、よくわからない。カルガモは、アヒルやマガモやオシドリと違い、交尾したあとは、もう自分の妻とか子供とかいう認識があまりない鳥なのかもしれない。
 ただ、いつも関心させられるのは、あんな小さくても、生まれてすぐに泳げることだ。何ヶ月かたって泳ぐのではなく、雛が孵った瞬間から、どうやら、泳いでいるらしい。さすがは、水鳥であると、関心する。
 カルガモの雛は、アヒルのヒヨコににているが、茶色い縦縞の模様が入っており、どちらかというと、黄色地より茶色の模様の部分の方が目立つ。ちっちゃいが、ちゃんとオレンジ色の水掻きがついている。
 翌日、同じ母子を捜しに、運河へ出てみた。昨日は、浜路橋近くまで来ていたが、この家族は、新港南橋付近が根城らしく、新港南橋付近で遊んでいた。雛は9匹しか見つけられなかったが、ばらばらに遊んでいたので、数え損なっただけかなと思った。
 さらに翌日、やはり新港南橋のたもとに、家族はいた。雛は、何度数えても、8匹しかいなかった。2匹は、外敵にやられてしまったのだろうか、不安が胸をよぎる。だとしたら、母鳥は、毎日減っていくわが子を、どんな気持ちで見ているのだろうか。
 そして、5月下旬、やはり運河沿いを歩いていたら、ひさしぶりに見つけた。9匹の雛が楽しそうに水浴びをするなど遊びまわっていた。ほっとして、私は、しばらく様子を眺めていた。その日の復路で、さらに、雛を3匹連れた親カルガモを発見した。雛の大きさは、9匹の家族と、ほぼ同じだった。雛たちは、小さい嘴で、せっせと、運河の護岸べりの細かい浮遊物を口に入れて食事している。夏場にかけて雛が成長してゆくのが楽しみだ。

2002年6月の巻

 6月中旬、運河を渡す橋の上から、カルガモの雛らしきものが見えたので、近くによって見た。そして私は混乱した。カルガモの雛は模様の違う、成鳥のような模様の、まるでカルガモのミニチュアのようなものがいた。一瞬、カルガモって、こんなに小さかったっけ、と思った。かなり近づいてみたのに、まだ大きくない。一瞬、私は錯乱した。いつも、たくさんのカルガモを見ているが、こんな小ささのは、普通いない。もちろん、雛鳥の模様でもない。
 よく見てみると、雛鳥が、一回り大きくなって、雛鳥の模様でなくなって、親鳥と同じ模様になったものだった。特に、顔は、正面から見ると、大きさを知らなければ、親鳥とほとんど見分けがつかない。ただし、羽は、まだ飛べるような代物ではなく、弱弱しく体についているだけだった。ようやく私は、少し前に生まれた雛鳥だったのだと納得した。その大きさの雛鳥は、6匹いた。1ヶ月前に目撃した10匹兄弟が、この6匹になったのかどうかは、はっきりわからなかった。しかし、6匹ならんでテトラポットにたたずんでいる光景を、私は、しばらく見つめていた。もちろん、親鳥も、まだそばにいた。
 テトラポットの、逆の端には、それよりはるかに小さく、雛鳥のひよこのような模様の3匹兄弟が、親鳥にひっついていた。こちらは、以前見た雛鳥とほとんど同じであるが、おそらく1ヶ月前には、まだ生まれていなかったに違いない。まだ小さいので、海面からテトラポットに上る段差に苦労したり、テトラポットから滑り落ちては、這い上がろうとしたり、さかんに動き回っていた。
 さらに、運河海面に、11匹の雛を連れた親鳥が悠然と泳いでいた。これは、数が多かった。今年見た雛の中で、もっとも大きな家族である。しかも、まだすごく小さい。さきほどの3匹兄弟よりも、さらに小さい。豆粒のようだ。しかし、小さい雛ほど、よく鳴く。11匹で、それぞれが、「ぴーぴー」という声をあげるものだから、11匹集まると、なかなかの合唱である。「ぴーぴー」が親鳥になると、「ぐぇっぐぇっ」という鳴き声になるのであるから、すこし残念である。
 さらに、8匹の雛を連れた親鳥も見た。親鳥にはぐれて、うろうろしている小さな雛もいた。どの親からはぐれたのかすら、私にはわからないが、おそらく、大きさからして、さきほどの8匹連れからはぐれたのではないかと推測できる。私には、見守ることしかできない。
 1つの兄弟を観察していると、やはり大きさは、ほとんど同じだが、いろいろ習性に個性があるようだ。すぐに親と離れて興味のあるものを観察しにいってしまう雛、また、そのような兄貴分についていく雛、おかあさんの後ろに、いっつもべったりくっついている雛、いろいろだ。だが、通常、みんな遊びに行きながらも、親が視界から見えなくなるところには行かないように、ちゃんと注意はしている。
 ここ1ヶ月近く、たまたま、カルガモの雛を見かけていなかったので、この日、たくさんの雛や家族を見れて、本当によかった。一安心。

 6月下旬に、再びジムに向かったとき、やはり、5匹の雛を連れた親カルガモにあった。とはいっても、親とまったく同じ形の少し小さめのカルガモが5匹いるのである。ひょっとすると、先日の6匹兄弟が、また1匹減ったのかもしれない。
 いずれにせよ、5匹は、親より、一回り小さい。小さいといっても、単体で見ると、子供とはわからない。親鳥が近くにきて、初めて一回り小さいことに気づく程度である。羽も、成鳥のような感じに生えてはいるが、広げたところを見ると、飛べるような代物ではないことに気づく。
 この時期になると、のどの赤い燕や、不思議な飛び方をする蝙蝠を多く見かけるようになる。芝浦もいよいよ夏本番である。

2002年7月の巻

 いやはや暑い。汗をだらだら流しながら、今日もジムに行ってきた。これだけ暑いと、鳥の種類も少ない。いや、暑いからかどうかは不明ではあるが。
 まず、カルガモの親子であるが、子供も、すっかり、親と同じように生活している。大きさでも、極端には違いがなくなってきている。15羽ほどの群れを見た。うち3匹が、子供だった。カルガモは、なぜかみんながいっせいに同じ仕草をする。ことが多い。人間で言うと、あくびが移るようなものだろうか、12匹の親鳥が、すべて、羽繕いをしていた。もちろん、3匹の子供たちも、まったく同じに真似をしている。もっとも、羽といっても、飛べるような翼ではないので、まだまだおもちゃみたいなものではあるものの、やっている仕草は、まったく一丁前である。この一回り小さい子供のカルガモは、羽以外は、実に親鳥にそっくりになってきている。とは言っても、羽が貧相で、その羽の周囲は、よく見ると、いまだに産毛のようなもので覆われている。お世辞にも、飛べそう、とは言えるものではない。徐々に抜けていくものの、やわらかい産毛の残りが、可愛い雛時代の姿を髣髴させる。もちろん、まだ十分可愛いのだが。
 カルガモの親鳥は、羽繕いに飽きると、水面に立ち上がるようにして、伸びをする。伸びといっても、飛び上がってしまわない程度の力で羽ばたき、水面下には、水掻きしか残らないような独特のポーズである。子供のカルガモたちは、当然、親に真似て、同じことをしてみる。親鳥とくらべて翼が圧倒的に短い雛鳥は、羽ばたくというほどにはならないので、とりあえず、形だけまねたというところだろうか。
 カルガモは、そう頻繁には飛ばないので、子供が飛べない間は、母鳥も、無理に飛ばず、泳ぐか歩くかだけして、移動することが多い。また、親鳥は、本当に暑い日は、羽を片方づつ広げて、体の体温を放出しようとしている。このポーズは、公園のハトなどにもよく見られる。
 カワウは、相変わらず、綺麗なツヤツヤした黒い翼を広げて、日光浴をしている。カワウは、天敵もいないので、よく、傍若無人に、すき放題に羽を大きく広げてる。羽を広げたままのポーズで、長い時間、岩場の上で、立っているのだ。人間が近づいても、そう簡単には、逃げたりしない。運河で、一番大きい鳥としての貫禄か。
 ユリカモメは、あれだけ数がたくさんいた鳥だったが、7月後半から、ぱたっと、見かけなくなった。さすがに梅雨に入ったころから減り始め、梅雨明けには、すべて、北国へ移動したのであろう。夏羽を東京の人があまり見かけていない原因は、やはり、夏羽になってから、北国に行ってしまうまでの期間が短いからであろう。カモ類のように大きな渡りをする鳥ではないが、ユリカモメは、真夏には、さすがに、東北地方などに避暑に行ってしまうのかもしれない。ユリカモメを、1匹も見かけない日が多くなってきた。冬場の夥しい数のユリカモメ群が、少し懐かしい。
 ツバメが、ときどき飛んでいる。ツバメにもいくつか種類があるようだが、喉が赤茶色をしているので、まさに「ツバメ」であろう。運河沿いの倉庫の屋根近くに巣を作ったりしている。親がせわしなく餌を運んでいる。親が戻ってきたときには、子供の顔が、巣の中で見え隠れする。親は、何を餌に与えているのかわからないが、空中をしばらく飛び回って、巣に戻るだけを繰り返している。おそらく、空中で、虫などを捕まえているのであろう。
 私は、かばんにいつも、鳥の餌をいれて持ち歩いている。おかげで、運河沿いの鳩は、私の顔を見ると、近寄ってくる。餌をやると、ハトがあっというまに30羽は集まることがある。つられて、スズメも集まって来る。スズメは、一般的に警戒心が強く、人間から直接餌をもらうことは少ないようだが、ハトに紛れて、餌を食べるときには、比較的に警戒心は少ない。スズメは、その場では、餌は食べない。口の中にいっぱいに餌を頬張ると、10mから50mくらい離れたところに、いったん飛んでいき、そこで時間をかけて、食べ終わってから、次の餌をもらいに戻ってくる。食べるときは、誰もいないところに移動するという習性があるのだ。どちらかというと、目上の人の前では、頬張っている姿を見せないようにするところが、儒教の教えに近いかもしれない。ハトは、餌が十分にあっても、すぐ喧嘩をする。餌を食べているハトを、他のハトが、追い払うのだ。しばらく遠くまで、追い払うために追いかけるので、本来とりあっていた餌は、当然、他のハトが食べてしまう。でも、追っかけていった方のハトは、最初のハトに、その餌が食べられなければ、それで満足らしい。第三者が食べてしまうことを、気にも留めない。
 しかし、ハトという鳥は、不思議だ。カルガモにしても、スズメにしても、雛が生まれて、大きくなって、成鳥になる過程を、私は知っている。しかし、ハトの雛は、見たことがない。卵も巣も見たことがない。ちゃんと、ハトは、どこかで卵を産んだり、雛を育てたりしているのだろうか。街中に、あれだけいるのに、雛を見かけないとは、なんとも不思議だ。そして、我々が見かける成鳥の大きさは、みな、同じ程度の大きさだ。どっかの工場で、成鳥を一挙に大量生産でもしているのであろうか。
 ヒヨドリが、汐が引いた後の浅瀬に、20羽以上舞い降りて、餌をついばんでいた。運河沿いは、基本的には舟を通りやすくするために、浅瀬はないのだが、たまに、意図的か、自然にできたのか、浅瀬がある。浅瀬は、汐が引いた後は、鳥たちの格好の採餌場になる。芝浦の運河で、浅瀬での採餌を特に好むのは、コサギ、イソシギ、ソリハシシギ、ハクセキレイ、ムクドリなどだ。ヒヨドリの群れは、普段木の実を食べることが多いので、浅瀬での採餌は、比較的めずらしい。カルガモや、カワウも、浅瀬に来るが、あまり虫を拾って食べるという風ではないようだ。
 汐が満ち引きするたびに現れる浅瀬・・・ここは、野鳥にとって、採餌の格好の場であり、これがなければ、運河に野鳥は寄ってこない。開発が進む中、綺麗なプロムナードができたり、綺麗な護岸ができたりするが、人と野生動物の共存という意味では、このような浅瀬を、人工的にでも、残していって欲しいと思う。
 コウモリが、夕方になると、橋の上下を飛び回る。虫を追いかけているのであろう。ひらひらと羽ばたきながら、そして、ふらふらと飛ぶ。コウモリが飛び始めると、夏の暑さも、一段落だ。

2002年8月の巻

 8月も猛暑が続く。この時期に、運河に多いのは、カルガモを始めとして、カワウとコサギだ。この日は、浅瀬に、9羽のカワウと、10羽ほどのカルガモ、5羽のコサギが集団で休んでいた。鳥たちにとって、よほど浅瀬は居心地がよいのであろう。コサギは、たまに数匹固まっているが、そのようなときは、たいてい、片足で好き勝手なところに立ったりして、じっと休んでいる。むしろ、浅瀬で採餌をするときは、必ず単独行動なのである。また、天気のよい日や暑い日には、特に運河の魚がよく跳ねるような気がする。おそらくボラだとは思うが、大きい魚が高いときは、1メートル以上跳躍することもある。運河沿いを歩いているときに、すぐそばで突然跳ねられると、びっくりするものである。1度跳躍すると、2度3度続けて跳ねることも多い。何のために飛ぶのかも、なぜ天気の良い日に飛ぶのかも私にはわからない。冬場も天気がよいと飛んでいることがある。
 しばらく歩くと、今日も、カルガモの雛たちが親の周りで遊んでいた。近くで聞くと、「ヒーヒー」とか「ピーピー」とかしきりに鳴いている。あんなかわいい声でなくのに、いずれ成鳥になると、「ぐえっぐえっ」である。いつ突然声変わりするのか、不思議でたまらない。親1羽、子1羽のカルガモ親子に出会った。人間にも1人っこはいるが、野生の世界で1人っことは、どういう意味を持つのであろうか。もちろん、最初から卵が1個しかなかったのではなく、襲われたりした結果、1羽しか孵化しなかったか、孵化後に1羽になったのかは、わからない。親は、慈しんで育てるし、1羽だから目が行き届かないこともない。しかし、野生動物が育つ家庭で、兄弟がいないというのは、生存のための競争本能を磨く上では、デメリットであろう。私自身も1人っこの期間が長かったため、カルガモの1人っこが、無事育ってくれるのを、祈りたくなる。
 運河を歩いていると、いろいろな鳥の飛び方を観察することができる。とりわけ、鳥によって、飛ぶ高さは、それぞれである。まず、水面近くばかりを飛んでいるのが、ハクセキレイである。チチンと鳴きながら、羽ばたいたり、幅滝を静止したりしながら、綺麗な軌跡を描いて飛んでいく。カワウは、水面すれすれを飛ぶのが好きだ。おそらく、獲物を探しながら飛んでいるのであろう。運河の水面をずっと舐めるように飛んでいって、適当なところで、折り返して、また飛んでいくこともある。2,3羽連れ立って、飛ぶこともある。飛んでいる時の首が伸びているところが、独特である。コサギは、以外に高いところを飛んだりする。高いといっても、空高くではないが、水面からはかなり離れて白い姿が飛んでいるのは、美しい。飛び立った後姿は、黒い足と、黄色い足先のコントラストが目に鮮やかに残る。カモメ類は、縦横無尽である。高いところも飛べば、低いところも飛ぶ。カワウのように水面に沿って飛ぶまではいかないが、水面に着水するときや、捕食する時には、水面周辺を飛ぶ。高いところから、魚の姿を見つけて急降下を繰り返すこともある。シギ類、ムクドリ、ヒヨドリなどの小鳥は、気の向くままに、好き勝手に飛ぶ。
 この時期、ユリカモメがいないかわりに、運河でちらほら見かけるカモメがいる。一番よく見かけるのは、おそらく、セグロカモメではないかと思っているが、カモメ類は、見分けるのが難しい。ウミネコやカモメも見かけるので、適当にいろいろ混ざっていることだけは確かである。どれも、ユリカモメのような小型のカモメより一回り大きい、中型ないし大型のカモメ類に属するものである。冬場も、おそらくこれらのカモメは同数程度運河にいるのであろうが、冬場は、ユリカモメの数があまりにも多すぎて、中型や大型のカモメの存在が、ほとんど隠れてしまっている。真夏は、これらの大き目のカモメが中心で、ユリカモメは、ほとんど見かけない。個体数がかなり減っており、どこかへ行ってしまっているようだ。顔の黒い夏羽のユリカモメは、芝浦より南の大井や羽田近辺まで足を伸ばすと、多少群れている場合があるが、真夏の芝浦では、10月に入るまでは、あまり見られない。品川区や東京都は、ユリカモメを、区の鳥、都の鳥に制定している。
 8月中旬、運河で、変わったものをみかけた。カルガモの群れに混じって、1匹、変わった鳥がいた。近づいてよく見てみると、ホシハジロであった。ホシハジロは、冬場だけ群れでやってくる渡り鳥で、3月末ごろにいっせいに北へ帰って以降、ぱったりと、見かけなくなった鳥である。カルガモの群れに混じって、カルガモより一回り小さい少し派手なホシハジロは、何事もないように、1匹だけ、カルガモに混じって、泳いでいた。まさに、通し鴨だと思った。ただ、このホシハジロは、同じ日の行きと帰りに2度見ただけで、そのほかの日には、一切見かけたこともなかったし、その後も見かけなかった。普段の居場所は、どこか近くの他のところにあるのかもしれない。
 この時期のカルガモの雛は、かなり大きくなってきている。1週間ぶりに会っても、数で大きさで、おおよそ、兄弟単位での固体識別はつく。だいたいきまった兄弟が運河にいて、それぞれ、成鳥の模様に徐々に近づいていっているのだ。ところが、また、新たな幼い兄弟を発見した。可愛らしかった雛たちが、みな大きくなってしまったので、少し寂しいと思っていた矢先である。非常に小さい雛5匹を連れた母鳥が泳いでいた。うれしくなって、しばらく観察していた。早い雛は4月に生まれているが、遅い雛は、7,8月生まれもいるらしい。
 かなり育った方の五つ子がいたので、何をしているか見ていた。もぐりの練習をしていた。それも5匹ともだ。カルガモの親鳥は、あまり潜りをしない。カワウのように上手に潜ることはもちろん、浅瀬で、顔を、ちょっと水に突っ込んで水草などをかじる程度である。それを考えると、まだ幼いカルガモの雛たちが一生懸命潜って遊んでいるのは、不思議である。もちろん、一瞬からだのほとんどが水面下に入る程度であるが、5匹ともそろって、同じ「もぐりの練習」をしているのだ。動物は、カルガモに限らず、子供の方が、好奇心や何かに挑戦する気持ちが強いようだ。志賀高原の地獄谷のニホンザルの群れで、最初に温泉に入ることを発明したのも、子猿だったらしい。

2002年9月の巻

 9月ともなれば、立派に秋である。ハゼ釣りを楽しむ人たちが、あちこちで竿を下ろしている。私も、毎年、1〜2回運河でハゼ釣りをする。つれるときは、ものの1時間程度で、20匹以上釣れる。ほとんどの人は、釣った魚を家でてんぷらなどにして食べている。私も、てんぷらにして、時々食べる。これがなかなかうまい。他に、ボラやスズキを釣っている人もいるが、これらは、みな敬遠して食べない。スズキは、70cm強の立派なものが連れるので、食べれないのは、残念ではあるが。
 ある日運河は、ボラで、ごったがえしていた。まるで新宿御苑の池か何かで、鯉に餌をやったとき、鯉が集まってきた状態のようなボラだらけの状態が、運河で繰り広げられているのだ。歩いても歩いても、ボラだらけ。たくさんいすぎて、魚の顔がよく見える。運河沿いから、容易に、ボラと見分けられる。水より魚の方が多いのではないかと心配になってしまうほどだ。ま、こんなときは、年に2回程度しかないとは思うが。
 鳥のほうも、小鳥が秋の季題になるだけあって、心なしか種類が増えてくる。秋の季題になるセキレイやヒヨドリ、ムクドリだけでなく、シギ類、カワセミ、ゴイサギなどが現れる。コサギも、飛んでいる姿や、浅瀬で餌を探している姿、どこかにとまって休んでいる姿などを、かなり頻繁に見かける。ゴイサギも、東京では珍しい鳥ではないが、今年の9月に初めて芝浦運河で発見した鳥だ。それから、遠めだったので、はっきり見分けられなかったが、サギ類の姿をした茶色い鳥がいた。サギ類は、首を伸ばしているときと縮めているときで、かなり見かけはことなるが、その鳥は首は長くなかった。足の黄色が目に映えた。私は、ヨシゴイか、何か他のサギの幼鳥あたりではなかろうかということにして、その場を立ち去った。
 同じ日に、ジムの近くの天王洲ふれあい橋のたもとで、2匹のカルガモについていく少し大きな鳥を見た。マガモだった。この場所では、冬や春にかけて、何度もカルガモと一緒に泳いでいるマガモを目撃したポイントである。同じ固体だと思うのだが、真夏に見かけなかった間、どこかへわたっていて、9月になって帰ってきたのか、私が気がつかなかっただけで、ずっと、この周辺にいたのかは、わからない。
 夕凪橋近くの桟橋で、かわったセキレイを見た。このあたりのセキレイは、すべて白黒のハクセキレイばかりだが、このセキレイは、茶色かった。帰って図鑑を調べてみたが、ハクセキレイの幼鳥か、イワミセキレイかどちらかであろうか。あるいは、図鑑に載っていないセキレイがいるのかもしれない。いまいち、断定にはいたらなかった。
 私は、9月中旬、出張ついでに北海道で、ゴルフをすることになった。北の台地の美しいゴルフ場で、コースの池にカイツブリと、オカヨシガモが泳いでいた。アヒルやカルガモは、本州のどこのゴルフ場でも見かけるが、オカヨシガモは、珍しかった。夏場に芝浦の運河から消え去っていたオカヨシガモが、こんなところにいるのかと、少し感銘をうけた。ひょっとしたら、今目の前にいる固体が、秋から冬にかけて、芝浦運河に戻ってくるのかもしれないと思った。私は、飛行機で、2時間程度で、東京に帰ったが、北海道にいたオカヨシガモは、何時間かけて芝浦近辺に来るのだろうか。北海道のゴルフ場で、キタキツネを見ることができたのも、私の喜びであった。

2002年10月の巻

 10月は、空気が澄んでいて、運河沿いの散歩も、本当に気持ちがいい。鳥たちは、ヒヨドリなどを中心として、常に元気よく囀っている。特に、赤い実のなった木などでは、ヒヨドリの大群が、大騒ぎをして、ピーピーギャーギャー騒いでいる。カルガモも、ほとんど、幼鳥か成鳥かの区別はつかなくなった。
 ある日、いつものように、浜路橋北側の浅瀬を除いてみると、大きなサギがいた。アオサギであった。アオサギは、日本全国に分布する大型のサギだが、背中全般が、灰色っぽい青色で、頭の頂点が黒い。あきらかに、ゴイサギや、コサギよりも大きく、運河ではひときわ目立つ。芝浦運河でも、いつか見れるのではないかと思っていたが、今回のアオサギ遭遇は、とうとう芝浦運河での最初のアオサギ発見となった。
 10月も、中旬となると、ゆりかもめたちが、大量に、新港南橋近辺に戻ってきた。夏場は、大井埠頭や品川南部までいかないと、ほとんど見られなかったが、ようやく冬の運河の代名詞ともいえる鳥が戻ってきた。最初は、ウミネコかセグロカモメがと思ってみていたが、よく見ると、サイズが小さく、まだ中に夏羽の面影のガングロ(顔黒)を残しているものもいたので、ゆりかもめと気づいた。ゆりかもめは、人が投げる餌をなんでも食べる人懐こい鳥で、ほかのカモメより、ずんぐり丸く、かわいらしい。冬羽でも、目の後ろに、黒い斑点のようなものがある。それまでカルガモの天下だった新港南橋付近を悠々と泳いでいる。かといって、カルガモも逃げるわけでもない。カルガモが休んでいたテトラポットの上にユリカモメがとまってしまうこともあるが、どちらがどちらを追い払うこともなく、かなり接近しても、お互い何食わぬ顔をして泳いでいる。カルガモが水面の浮遊物や藻ばかりをたべているのに大して、ユリカモメは、雑食で、餌を取り合うこともないため、特に問題なく共存していけるのだと思う。どちらかの群れのなかに、他の一方が紛れ込んでいる風景は、ごく普通の風景なのである。
 同じ日、その先の御楯橋の北側の西側沿道で、また、新しい鳥を発見してしまった。最初は、綺麗な声のさえずりだけで、姿がいくら探しても見えない。そう高くない梢の上で、「ツピーツピー」と美しい声で、繰り返しないている鳥がいるのだ。わたしは、姿を見ようと、ベンチのうえに乗ってみたり、ジャンプしたりしたが、鳥は、一向に逃げもしないで、鳴き続けている。私は、姿を見ることをあきらめて、歩き出そうとした。すると、偶然にもその鳥は、私が進んでいた方向の木に飛び移り、再度そこで鳴き始めたのだ。今度は、姿をはっきり目撃した。大きな美しい声からは想像できないほど、小さな鳥だった。スズメ大で、白黒だが、おしゃれな模様がついている可愛い鳥である。私に発見されてからは、常にあちこちの梢に飛びうつりながら、また、「ツピーツピー」と鳴く事を繰り返していた。やがて、その鳥は、地面近くに下りて、今度は、「ヒュッジジジ」という地鳴きを始めた。さきほどの囀りとはまったく違う声なので、姿を見ていなければ、同じ鳥が鳴いているとは、思わなかったことだろう。よく女性が電話に出るときの声が、地声と、まったく違うことがあるが、それと似ているなと思い、すこしおかしかった。
 家に帰って、さっそく野鳥図鑑で調べてみた。シジュウカラであった。実際には、背中に、緑っぽい色が入っているらしいが、よくみなければ、ただの白黒に見えるらしい。(運河探鳥にYachooさんの写真をリンクしてあるので、見てください)次に発見したときには、そのあたりも観察してみたい。シジュウカラ自体は、全国に分布し、珍しい鳥ではないようだが、去年の今ごろは、ジョウビタキを初めて発見し、やはり野鳥図鑑であとから、ジョウビタキと知った。秋は、さまざまな小鳥を発見させてくれるので、運河の散歩が楽しい。運河の水鳥にばかり気を取られずに、沿道の梢や、鳥の鳴き声にも耳を傾けてみたい。
 10月も下旬にさしかかろうという頃、新港南橋の上から、茶色いセキレイを発見した。以前も一度、この茶色っぽいセキレイをアヒル桟橋で見かけたことがあった。芝浦運河では、ハクセキレイ以外のセキレイは発見したことがなかったので、そのときは、新しい種類のセキレイを見つけたと思って、さっそく、帰って図鑑を引いてみたが、イワミセキレイに少し似ているだけで、ぴったり当てはまるセキレイの種類は見つからず、そのままになっていた。今回は、それと同じ色と模様のセキレイであったので、今度こそと思い、よく観察してみた。大きさは、ハクセキレイより一回り大きいように思えた。尻尾のところは、ハクセキレイと同じように黒く、背中は茶色い。また、目を通るように茶色い線が入っていた。鳴き声は、チチッ、チチッという感じで、ハクセキレイと似ている。私は、はたと気づいた。おそらく、これは、ハクセキレイの若鳥なのだろうと。何しろ、茶色いところを全部黒に置き換えると、ハクセキレイの模様そのものなのだ。一般的に鳥は、成鳥より、若鳥のほうが、一回り小さいだろうというイメージがあるが、意外にも、若鳥の方が大きく見えることがある。特に、品川水族館にいるペンギンの幼鳥などは、親鳥より一回り大きく見えて、無気味である。ペンギンとはかけ離れたふさふさの産毛を持っていて、親の横に立っていると、親より一回り大きい物体が異様な雰囲気で立っているという感じである。つまり、サイズはすでに同じくらいになっていて、その上に産毛がいっぱい生えていると、親鳥より大きく見えるのだ。
 私は、このセキレイは、おそらく、ハクセキレイの若鳥であろうと、私のなかで結論づけた。図鑑のどの成鳥の色模様にも当てはまなかったことと、もし、若鳥だとしても、このあたりには、ハクセキレイばかりしかいないのに、いきなり、他のセキレイの若鳥がいるとも思えなかったからである。
 そのあと、同じ橋の下で、魚の群れを見ていた。あまり大きくないボラの群れだと思う。数百匹の大きい群れで同じ方向に美しく泳いでいた。そのときである。その群れが大きく弾けて、四方に散らばったのである。その群れのいた真ん中に、大きな魚影が入ってきた。おそらく、この大きな魚が、小魚の群れを追い払って、あるいは、そのうちの何匹を捕食したのであろう。私は、大きいけど変わった形の魚だなと思いながら見ていたら、その魚影は、そのまま水面に浮上してきて、水面上にぷかりと出てきたのである。
 浮上したその姿は、なんとカワウの形になった。カワウは、地上や水面上では、鳥の形をしているが、水中を泳ぐ姿は、まるで魚である。私も、自分が魚と思い込んでみていたことに関心するばかりであった。
 今年の夏の東京で話題となっていたことがあった。ニュースでもたびたび報じられていたようだが、森ヶ崎水処理場の屋上で、コアジサシがコロニーで繁殖した話である。コアジサシの親は、品川近辺の海や運河で、小魚をとっては、せっせと巣の雛に持って帰ったとのこと。食べ残しを調査した結果によると、餌で、もっとも多かったのは、カタクチイワシ、次いでボラの子、ハゼ、アユという順だそうだ。中には、サヨリもいたそうだ。あらためて、このあたりにもいろいろな魚がいるものだと実感。コアジサシ達は、夏の終わりとともに、南に飛んでいったそうだ。

2002年11月の巻

   その日は突然やってきた。11月最初の週末、ジムへ向かって歩いていると、運河に、それはやってきていた。
 カモ類の飛来である。近づいてみると、キンクロハジロとホシハジロの混在した50匹程度の群れだった。さらに、私がプールと呼んでいるエリアに、もう2つくらい、大小の群れが浮いていた。とうとう水鳥の観察に事欠かないほど、大量の水鳥が運河を占領する季節がやってきたのだ。7−8ヶ月ぶりに、キンクロハジロ、ホシハジロの面々を見ることができ、私は嬉しくなった。キンクロハジロは、白黒のコントラストが印象的なやや小型のカモだ。また。よく見ると、頭のてっぺんの毛がつんと後ろ向きに立っているのがかわいい。メスは、オスほど白がはっきりしていないが、似たような模様をしている。オスもメスも、目が金色地に黒めなので、キンクロハジロと名がついた。ホシハジロは、首だけが赤茶色で、他は白を中心とした配色をしていて、キンクロハジロより、やや大きい。メスは、やはり、模様がはっきりしない茶色系になる。芝浦運河のキンクロハジロはあまり人から餌をもらったりしないが、皇居に飛来する群れは、人から餌をもらうことに慣れており、誰かが、パンの耳でも投げ始めようなら、我先に集まってきて、激しく餌の取り合いをする。それはそれでユーモラスで可愛い。
 私がそのまま、浜路橋から、プール方面を眺めていると、なんと橋の下から、大量のキンクロハジロとホシハジロが泳ぎ出てきた。まさに私の足元から沸いて出た感じである。通常、彼らの群れは、一箇所にまとまって寝ていることが多いが、多数で揃って、泳いでいる姿も珍しい。そのまま泳ぎ去っていく一群を見送って、私は、さらに運河を南下していった。
 新港南橋のたもとには、オカヨシガモがやはり、渡って来ていた。オスとメスで6羽くらいの一家族に、一回り小さい、模様の異なるカモが数匹付き添っていた。模様が、見たことがないもので、他のオカヨシガモとも異なるため、判断つきかねたが、おそらく、私がまだ見たことのないオカヨシガモの幼鳥の可能性は高いと思う。オカヨシガモも北の方で夏を過ごし、新しい家族を増やして戻ってきたのかもしれない。家に帰って図鑑で調べたが、やはり、新港南橋で、目撃したカモと同じ模様の成鳥は、見当たらなかった。
 楽水橋の北側の東縁に、港南公園というあまり大きくない公園がある。春先には、立派な梅の花が咲くほか、周辺には桜の木も多い。ここで、シジュウカラが楽しそうに、2羽で戯れていた。最初は、桜の木、そのあと梅の木で楽しそうに、追いかけっこをしていた。この日は、少し地鳴きした程度で、きれいな「ツピー」は聞かれなかった。
 11月中旬にもなり、気温が下がると、北からわたってきたカモ類の群れは、プール全体を埋め尽くすほどになった。たくさんいすぎて、珍しいカモが紛れていないかを探すのも、一苦労となる。
 浜路橋南側で、見慣れないカモがいるような気がしたので、常備しているオペラグラスでのぞいて見た。私は、本当は、双眼鏡を持っていきたいところだが、大きすぎるので、普段ジムへ行くときは、オペラグラスだけしか携帯していない。そのオペラグラスで覗いて見ると、知らない模様のカモが、何匹が混じっていた。ざっと見ただけでも、2,3種類の知らないカモがいるようだった。1種類は、頭に白い線が入っており、その特徴から、あとで図鑑で確認し、ヒドリガモであることがわかった。それ以外は、あまり観察できなかったので、さらに他の種類なのか、ヒドリガモのメスなどなのか、わからずじまいになってしまった。
 往々にして、カモ類は、一塊に、いろんな種類が混じって泳いでいることがあり、同じ種類のカモが群れていると思い込んでいると、その中に混じった別のカモを見逃しやすい。少し寒いが、この時期は時間をかけて眺めていればいるほど、いろんな発見に出会える。ジムに行くための片道にかかる時間が、ますます長くなってしまいそうである。
 11月後半になると、カモ類の数も、夥しいものとなる。その日、浜路橋から浅瀬付近を眺めていると、去年も来ていたオカヨシガモも来ていた。オカヨシガモは夫婦仲がいいのか、オスメス同数の6羽とか8羽程度の偶数の群れになっていることが多い。面白いことに、オカヨシガモは、体の模様がオスメスで異なるだけではなく、オスは、クチバシが綺麗な黄色であるのに対し、メスは、艶やかな黒色をしている。その奥に小さいかもがいると思って、いつものオペラグラスを取り出して見てみた。コガモだった。オスメス取り混ぜて、5,6匹が泳いでいた。また、マガモも混じって見かけられた。いよいよ運河がカモだらけになってきた。
 風が冷たい季節になったので、自転車を買うことにした。30分くらいかけて、天王洲のジムに行く時間を節約するためである。ゆっくり野鳥を観察するには、徒歩が一番だが、時間のないときは、自転車で行こうかと思う。その分、節約した時間だけ、野鳥のいるところで、とまって、野鳥をゆっくり観察できればと思う。
 

2002年12月の巻

 12月になった。真新しい自転車を途中で止めて、野鳥を観察しながら、ジムへ向かうようになった。運河の鳥の数は、かなり増えてきている。やはり主役は、カモ類だ。午前中にプール(私の呼称ですが)全体を見渡すと、数百羽は、カモ類などが浮いているようになった。ほとんどは、キンクロハジロとホシハジロで、本来、運河に一年を通してもっとも多いはずのカルガモは、数的に少数派になっている。その中に、他に、オカヨシガモ、コガモ、オナガガモ、ヒドリガモが混じっている。
 最近、同時に数が増えたと感じるのは、カワウである。多いときは、一箇所に、20羽近くいることもある。夏場は、数も多くないので、集団行動はあまり見ないが、この時期は、かなりの数固まってとまっていることが多い。芝浦運河ではないが、芝浦ふ頭のクレーンに、40羽近くとまっていたのを目撃したことがある。その貨物用クレーンは、カワウの糞で、真っ白になっていたので、だいたいいつ行っても、そこには、かなりの数のカワウがいるものと思われる。最初に、それを見たとき、私は、てっきりカラスの群れだと思ったが、飛び方が違うので、双眼鏡で覗いてみて、はじめてカワウの大群と気がつき、驚いたものである。カワウは、よく見ると、大きいのと小さいので、結構差がある。大きいカワウは、特に冬の時期、顔の周辺の毛が白く変わる。小さめのカワウは、あまり白くならない。私は理由は知らないのだが、年配のカワウと若いカワウの違いなのか、オスメスの違いなのか、詳しい人に一度聞いてみたいと思っている。大きいカワウは、ツヤがあって、近くで観察すると、「これはケモノだ」と私に思わせる迫力がある。とはいっても、もちろん、水に潜って魚をとるときは、魚のような形に変わるが・・・
 やはり、数が増えてきているのが、カモメ類だ。遊歩道の手すりなどに群れをなしているのは、たいていユリカモメである。顔はすっかり白くなっているが、顔の後ろのほうに斑点があり、足と嘴がオレンジ色をしているのが特徴である。ユリカモメより一回り大きい中型カモメ類も、よく飛んでいる。中型のカモメは、ユリカモメのように集団行動をしないし、あまり低いところには、めったに降りてこないので、何カモメか判断することは、非常に難しい。
 その日、私は、カモメにやれるような餌をもっていなかったが、ユリカモメが集まってきたので、興味本位で、餌を投げるフリをした。鳥は、遠くからでも、かなり目が良いので、投げたフリをしただけでは、だまされないことが多いが、このときは、さっと、集まってきた。私が、本当に餌を投げていないと気がつき、飛来してきたユリカモメたちは、近くの手すりで、恨めしそうに私を見ている。そのとき、ユリカモメでない模様のカモメがやってきた。いや、ユリカモメかもしれなかった。大きさがまったく同じだったのである。しかし、そのカモメが飛来する時の羽と尻尾の黒い帯は、ウミネコのものだった。そして、足の色がユリカモメ独特のオレンジではなくて、黄色だったのだ。大きさが同じだったので、たまたま、色の少し違うユリカモメが来たのかと思ってみていたが、やはり違った。そのカモメは、ユリカモメと同じ大きさなのに、ユリカモメが並んでとまっている手すりにとまるや、手すりをユリカモメの方に歩いていって、一匹ずつ、ユリカモメを追い払うのである。ということは、おそらくウミネコのまだ小さめのやつかもしれない。大きさはまだ同じくらいでも、ウミネコの方が、たとえ、1匹でも、群れのユリカモメより強いのだ。
 とはいえ、ユリカモメを含め、カモメ類は強い。カラスとまともに渡り合う。カワウの方が大きくて強そうだが、カワウとカラスは、食べ物が違うからか、喧嘩はしない。お互いにお互いが見えていないかのようだ。それに比べ、カモメ類とカラスは、しょっちゅう喧嘩をしている。カラスが、ユリカモメを追っていたり、複数のカモメで、1匹のカラスを追っていることもある。どちらも雑食であるからだろうが、カモメ類の勇気は、たいした物である。
 この時期、水鳥としては、シギ類サギ類など、いろいろ他にもいるが、水鳥以外では、メジロが多い。メジロが1羽で飛んでいたり、群れて飛んでいたりすることがよくある。この日、私が、ある木立の前を通りかかると、木立の内側で、なにやら騒いでいる鳥がいる。多数の鳥が、鳴きさけんでいるのだ。少しずつ私が近づいてみると、どうやら、メジロらしかった。5,6匹のメジロが散るように逃げていった。あっ、全部逃げられたかなと思った私は、慎重に近寄るのをやめて、大きく動いてしまったようだ。さらに、20匹くらいのメジロが、その木立から、ぱっと飛び去った。まさか、30羽近いメジロがそこに潜んでいたとは、私も想像もしていなかったのである。
 12月下旬になった。午後新港南橋から、北側のテトラポット付近を見ていた。橋の上から見ただけでも、何千ものボラが泳いでいるのがわかる。水よりもボラの方が多いと感じるような象徴的な日であった。魚が多すぎて気持ち悪いのか、カモ類は、一切おらず、カモメ類とカワウだけが魚をとっている様だった。
 サギ類もいた。茶色いサギだ。おそらくゴイサギの幼鳥ではないかと思っているのだが、いまだに断定はできていない。形からして、ゴイサギかと思っている。以前にも何度か目撃してはいる鳥だ。
 その時、私の視界を、白い体が翻った。私は、すぐチュウサギだと思った。芝浦運河でのチュウサギは、初めての目撃だった。コサギは、よく見かけるが、チュウサギは、それよりはるかに体が大きく首が長い。また、コサギが足先が黄色いのに大して、チュウサギは、足が、つま先まで黒い。チュウサギは、ゆったりと宙を舞うと、テトラポットにとまり、そのあと、しばらく川面を眺めていた。普通、コサギやチュウサギは、浅瀬を歩きながら、貝、小魚、カニなどを取る。そのために、長い脚をしているのだが、このあたりの運河のように深さのあるところだと、カモ類のように水に浮いて泳げないために、魚をとりたくても、浮いて魚を狙うことはできない。同じ水鳥と言っても、泳げたり泳げなかったり、いろいろな鳥がいるものだ。チュウサギが面白かったのは、その後であった。ずっと同じあたりの水面を見ていたチュウサギが急に飛んだかと思うと、そのままユーターンして、荒地になっている未工事部分の遊歩道(人間は入れないところ)に着地した。口には、比較的大きな魚をしっかりとくわえている。スズキでもボラでもマルタでもハゼでもないと思った。アジに似た形の魚だった。しかし、その魚は、チュウサギにも少し大きすぎたのか、咥えたまま、どう食べようかと苦労していた。そこに、大きな影が横切った。もっと大きなサギが登場したのである。アオサギだった。チュウサギもアオサギも、どちらも大きいとは思っていたが、横に並んでみると、よくわかる。アオサギは、チュウサギよりかなり大きい。チュウサギの近くにとまると、そのまま、チュウサギの動きを注視している。
 そして、チュウサギが、魚を咥えなおそうと、地面に置いた瞬間である。アオサギの巨体がふわりと宙に浮いたと思ったら、チュウサギの捕らえたはずの魚は、アオサギが見事に拾って奪い去られてしまった。鳥の世界は、体が大きいものが基本的には強いのであろう。アオサギは、体の大きさの利を生かし、その魚をあっというまに飲み込んでしまった。チュウサギは、さびしそうに、たそがれながら、それを見ていた。これだけ魚がいて、さきほどのように、チュウサギには簡単に捕食できる能力があるのだから、そんなに悲しまずに、次の魚をとればよいと思うのだが、チュウサギの背中は、悲しそうだった。アオサギもアオサギだ。自分で魚をとればいいのに、魚とりは苦手なのだろうか、人の採った魚を奪うことしかできないのだろうか。
 人間が何も気がつかずに通り過ぎている都会の真ん中(品川駅徒歩6分くらいの場所)でも、このような野生界のドラマは、毎日繰り広げられているのである。


2003年1月の巻

 年が明けて、青空が広がった1月に最も似合う鳥は、メジロだ。澄んだ青空の下、ほころび始めた梅の花枝にとまって、楽しそうに遊んでいる。古来、「梅にうぐいす」と言われたのは、一般的にメジロの見間違いとされている。メジロは、それだけ、梅が大好きである。梅に限らず、花の蜜を吸っているように思われるが、動作があまりに機敏で、何をしているかよくわからない。ただ私には、梅の枝で遊んでいるように見える。この季節は、毎年目立ってメジロを見かけるようになる。1月に始まり、桜のつぼみが大きくなるまでの季節が私は、芝浦ではメジロの季節だと思う。メジロは、春ないし1月の季語としたいところだ。あちこちで見かけるが、主に、港南公園(楽水橋の東側北運河沿い)が、梅とメジロをセットで見られるお勧めポイントだ。ここの梅は、毎年、他よりも早く、1月頭には、咲き始める。数羽のメジロが楽しそうに枝から枝への飛び移りながら囀っている姿は、いくら見ていても飽きない。
 メジロ以外には、やはりススメ大の鳥として、ジョウビタキ、シジュウカラがよく見かけられる。スズメ大か、スズメよりわずかに小さいという意味では、これらの鳥は、ほとんど同じ大きさである。ジョウビタキは、メジロと絡んで遊んでいることがある塀の上でめまぐるしくメジロとジョウビタキが跳ね回っている姿は、私には、「一緒に遊んでいる」としか見えない。もちろん、彼らにとっては、ひょっとすると、なんらかの争いをしているのかもしれないが、とくかく楽しそうなのだ。ジョウビタキは、オレンジ色の胸をしていて、目に鮮やかな印象を植え付ける鳥だ。
 シジュウカラも、この時期頻繁に見かける。運河沿いにもいるが、家の周辺の普通の公園にも、結構いる。ほとんどのサラリーマンは、「あ、すずめかな」という感じで、これらのスズメ大の鳥をほとんど見過ごしているようだが、毎朝、サラリーマンがぞろぞろ歩いている道端にも、シジュウカラは、跳んだり鳴いたりしている。シジュウカラは、白黒模様の鳥だが、あざやかでくっきりした模様で、私は、好きだ。背中が少し緑かかっているのだが、これはかなり近くで見ないと、見分けられない。通常、ほとんど白黒に見えるように思う。このシジュウカラは、囀りが得意だ。木の高いところで、よく、「ツピー、ツピー」と鳴いている。地面近くでは、地鳴きもしている。
 ほかの小鳥としては、ウグイスがたまに現れる。この時期鳴いてはいなかったが、ウグイス色をしているメジロよりやや茶色が濃く、メジロほど丸々としたかわいらしさはない。とはいえ、港区で、ウグイスが見れたり、鳴いていたりする環境があると知っている人は、どの程度いるだろうか。
 運河に目をやると、サギ類、カモメ類、カモ類など、たくさんの鳥がいるが、ある日、スポーツジムへの道で驚いたのは、カワウの群れである。運河のひとところに、20匹から30匹のカワウがかたまって泳いでいるのである。これまでも、10匹前後の群れまでは見たことがあったものの、この数は、圧巻であった。常に何匹かが潜っているので、全部で何匹かは、数えるすべがないが、水面に出ているだけで、20匹は、いたと思う。済ました顔で、水面をきょろきょろしたかと思うと、水にもぐりこんで、他の場所から、魚を咥えて出てくる。これだけ数がいると、どこで潜ったやつがどこから出てきたのか、まったく見分けがつかない。人間をあまり恐れる鳥ではないので、運河沿いの遊歩道で私が見ていても、魚を追って、私のすぐそばまで来たりする。運河で最大の鳥ということもあって、天敵がいないので、悠々としているのであろう。もちろん、カラスより大きいし、カラスと餌が違うので、カラスとも喧嘩にはならない。20匹くらいで、いっせいに空を飛び始めたときも、圧巻である。しかし、去年に比べて、カワウの数は、あきらかに増えている。なぜか理由はわからない。運河沿いですれ違う散歩の人と挨拶をしても、「カワウが去年よりずいぶん増えましたねぇ。どうしてでしょうねぇ」と向こうから聞いてきたりする。もちろん、私にも理由はわからない。ただ、ひとついえることは、餌となるボラが、すんごい数、運河にいることだ。巣さえ安全に作れれば、餌には、事欠かないことは、容易に想像される。
 そのボラの方だが、これは、たいてい巨大な群れを構成して泳いでいる。ボラは、同じサイズ同士で群れを作る。言い換えれば、生まれたときから、一緒に生まれたボラ同士で群れを作っているのだと思う。一番すごい場所は、新港南橋の西たもとに、排水が出ているような場所があって、そのテトラポット周辺は、運河の水中は、いつもボラだらけである。60-70センチ級のボラばかりが数百匹集まっている群れがあって、その後方に、中型のボラの千匹くらいの群れ、さらに後方に小型のボラの数千匹の群れというように、大中小の群れが陣取っている。これらの群れは、泳ぎ続けているが、動かない。水の流れに逆行し、流されも進みもしない程度で泳いでおり、特に移動はしないのである。
 週末となると、新港南橋周辺には、これらのボラを狙った釣り人が多く現れる。ギャング針という鉤針を使った残虐な釣りである。普通、釣りと言うと、餌や疑似餌をつけるものであるが、この釣りは、針だけである。水の中に大量にいるボラの群れをめがけて仕掛けを投げ、強引に鉤針をひいて、魚にひっかけるのである。大量にボラがいれば、そのうちどれかにひっかかり、魚がつれる。魚の口に針がかかることはめったになく、たいてい、尻尾とか腹とか、とんでもないところに針が引っかかって、さんざん暴れて釣り人をかえって楽しませている。釣り人は、よく暴れる魚を釣り上げるのが、ゲーム的に楽しいらしい。ほとんどの人は、釣った魚を逃がすか、そのまま捨てているが、たまに、「カラスミを造る」という人がいる。大きさは十分だが、芝浦運河産のボラのカラスミは、ちょっと、怖い気がする。しかし、あれだけいるのだから、造ろうと思えば、大量にカラスミを造って、販売できそうだが。
 大人は、大きな竿と、大きなギャング針を使って、大きなボラを釣り上げている。その横で、小学生らも、小さな竿と小さなギャング針で、小さいボラを釣って遊んでいる。なぜか、小学生は、小学生なりのサイズの魚にしか挑戦しないようだ。中には、いたずら好きの大人がいて、釣ったボラを、すぐそばのビルの噴水の中に放流して遊んでいる。翌日警備員が噴水の中でおよぐ大きなボラを見つけて驚く姿を想像するのが、たまらないそうだ。

2003年2月の巻

 2月になると、港南公園の梅が美しく満開になる。木によって遅速はあるが、メジロがいたるところで、花の蜜を吸って遊んでいる。テレビのニュースでは、立会川にボラが大発生したニュースをやっている。確かに立会川のボラもすごいが、芝浦運河では、そんなの日常茶飯時だ。日によっては、すごい数のボラを目にすることができる。ボラの数は確かに去年より多いかもしれないが、去年までも、多いときは、本当にすごい数のボラが見かけられたものだ。
 ボラの数の増加に関係するかもしれないのが、カワウの増加である。先月まで、20〜30匹のカワウを目撃して驚いていたが、その日、もっと驚く数のカワウに遭遇した。
 スポーツジムから歩いて御楯橋付近を帰っていたときである。上空が暗くなるかと思うほどのカワウの大群が空を覆った。芝浦運河(高浜運河)を、南から北へ縦長の群れになって、運河の上空30mくらいの高さを、飛んでいくのだ。縦に長い場合、ビルなどの陰になるので、その群れの長さは、一目ではわからない。ただただ、頭上を次々と通過していくカワウの群れを見上げているだけであった。
 問題は、その群れが、いつまでたっても途切れることなく長く続いていることである。最初のうちは、一所懸命数を数えようとした私だったが、すぐにオーバーフローしてしまった。しかし、その数は、約200匹ほどに上ったところで、群れは終了した。200匹もの群れが規則正しく整列して飛んでいくような状態を指揮できるリーダーのカワウがいるのだろうか。それとも、天変地異の前触れだろうか。そもそも、このあたりのカワウの個体数は、せいぜい50匹くらいではなかったのか。
 群れが飛び去ったとき、横にいたおばさん2人に話し掛けてみた。その2人も、口をあけて、上を見ていたのである。
 「すごい数のカワウでしたね」
 「いやぁ、本当に、いつからあんなに数が増えたんでしょうね」
 「数えられませんでしたが、200匹くらいはいましたね。」
 「はい、そんなもんでしたね」
 近所に住んでいるらしいその主婦二人も、あれだけの数のカワウは、初めて目撃したという。さいわい、数日以内の天変地異は、なかったようだった。
 カワウは、いろいろな点でそこらの小鳥とは、ぜんぜん違う鳥である。他の鳥より大きいし、飛び方も逞しい。大きな羽で、ほとんど羽ばたくことなく、水面を舐めるように飛ぶことができる。水に潜れば魚顔負けの速度で泳ぐし、羽のツヤは、まるで獣のようである。また、力強く水面から飛び立つときは、強烈な羽ばたきを水面に打ち付ける。飛行機が力強く飛び立つそれにも似ていて、まだ体の一部(脚など)が水面に触れているうちは、脚で水を蹴っている。その瞬間のカワウの足先は、まるでアシカの足である。力強い獣の足だが、ちゃんと水掻きがついているからである。もちろん、パーツの1つ1つもしっかりできているので、かなり太さと頑丈さを兼ね備えている。
 2月の季題に三寒四温という言葉があるが、今年の2月後半は、まさに三寒四温である。三日寒い日があれば、四日暖かい日がある。昨日までの陽気が嘘のように、その日は、朝から強い冷え込みに襲われた。
 昨日までの温もりを称えた運河の水は、その日の強い冷え込みに襲われ、大量の水蒸気を発生した。天気も小雨と曇りの一日であったが、それに輪を掛けるように、一体の運河全体が水煙を発したのだから、町中が神秘的な霞に包まれる一日となった。(霧と書きたいところだが、俳人的には、霞と表現させていただいた。科学的には、同じ物と聞いている)
 水鳥の姿は、もやのためにあまりよくみえなかったが、まるで温泉から湯気が出るように、その芝浦運河の神秘的な光景は一日続いた。
 一般のインターネット上の掲示板などでも、芝浦住民の情報交換のボードなどがあるが、その日は、その運河周辺一体のもやの神秘について、驚きを隠せずにいる書き込みが多かった。

2002年3月の巻

 今年の3月は、あたたかい陽気の日が多かった。桜も早く咲くのではないかとの期待に包まれたが、下旬の冷え込みで、結果的には例年より少し遅めの開花となったようだ。
 しかし、桜の開花を待ちきれないメジロが桜の木の周辺で遊んでいる。メジロは梅も好きだが、桜も大好きだ。特に、浜路橋西詰の街路樹の枝垂桜は美しく、満開になるとメジロがたくさん集まる場所である。すでに周囲には、桜の蕾を囲んで囀るメジロガ集まっている。
 浜路橋のたもとには、コガモの夫婦が泳いでいる。コガモは、夫婦2羽並んで泳いでいた。カモ類のなかには、夫婦で泳ぐのが好きなカモと、あまり夫婦の絆を重視しないカモがいるようだ。一番夫婦仲が良いのは、「鴛鴦夫婦」というだけあって、オシドリである。この運河では見かけないが、都内の公園などでも、夫婦が寄り添って泳ぐ姿を見かける。運河にいる鳥の中では、オナガガモが夫婦仲が良い。たいていオスメス2匹で行動する。それ以外だと、コガモ、オカヨシガモ、マガモなどは、夫婦ないし小さい群れで常に行動し、夫婦の絆を大切にしているようにおもわえる。キンクロハジロ、ホシハジロは、群れで行動することが多いので、あまりどれとどれが夫婦かは判然としない。だが、見ている限り、あまり番で行動している様子は見られない。カルガモに関しては、アヒルなどとペアになって行動している姿はよく見るが、あまり特定の個体同士でずっとつきあっているようには見えない。カモ類以外の鳥になると、オスメスが一緒に行動するという発想すらないのか、それらしき様子は私には、見かけられない。この辺は、鳥の専門家に聞いて見なければわからないが。
 浜路橋の北側の浅瀬は、絶好の鳥の観察ポイントだ。特に汐が引いて、浅瀬が出現していく時間帯は、採餌のために多くの鳥たちが集まってくる。大して大きな浅瀬ではないが、汐が引くたびに鳥が集まってくるところをみると、いくらでも餌となる虫類、貝類がいるのであろう。地球の食物連鎖の持つ底辺の豊かさには、いつも驚かされる。
 逆に、浅瀬に汐が満ちてきて、だんだん水面上に出ている部分が減っていくときは、寂しい。汐が引いているのか満ちているのかの簡単な判別方法は、浅瀬が濡れているか、乾いているかである。それ以外にも、鳥たちが集まって採餌をしているか、あるいは、消え行く浅瀬に名残惜しんで、寂しく立っているかである。この日は、ちょうど浅瀬が沈んでいく時間帯であった。カルガモが10匹ほど、おしくら饅頭状態で、小さくなった浅瀬に身を寄せ合っていた。
 運河沿いは、次々に綺麗に整備されていきつつある。楽水橋のたもともさらに綺麗になりつつあるし、浜路橋から新港南橋にかけての西側歩道も、ついに新しくするための工事が始まった。開通してまだ間もない御楯橋から楽水橋までの西側通路にも、工事後に植えられた植物が美しい花をつけ始めた。特に美しいのがユスラウメで、白い美しい五弁の花を見事に開花している。他にも、雪柳、豆の花、沈丁花、若柳など、心躍らせる春である。
 ひなたぼこをしている人の横には、このあたりの野良猫がいっしょにひなたぼこをしている。このあたりの猫は、捨て猫と思われるが、通りがかる人が、入れ替わり立ち代り餌をやるので、食べることには、事欠かない。また、暇なときは、運河を泳ぐ水鳥たちを、興味津々で眺めている。毎日会社に行く必要もなく、いい身分としかいいようがない。

 下旬頃から時折、視野を横切っていく鳥がいる。ツバメである。いろいろなところに巣を作っていて、せっせと雛に餌を運んでいるようだ。雛の姿は、まだ小さいからか、よく観察していても見えない。もうすこし後の時期になれば、大きくなって、巣から乗り出して餌をもらうシーンを目撃できるのかもしれない。親鳥も、すごい速さで餌を与え、すごい速さで再び餌をとって来る。なんと上手に餌をとってくるものだと感心する。どこの世界でも子を持つ母親は、強いようだ。
 今年は、全体的にカモ類の飛来が少なかった。最後まで例年より少ないと思い続けて、シーズンが終わろうとしている。早い鴨は、3月上旬からは、北へ飛び立ったのだろう。冬の間運河をにぎわせたかもの群れが、すこしずつ減っていくのを感じる。芝浦運河歳時記を作ったら、もっとも重要な季題が、この「鴨帰る」であろう。
 

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